2006年4月17日 (月)

おしらせ

 引越しました。

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待宵草子

【2007年10月追記】現在、こちらのブログの管理はしておりません。
コメント、連絡などありましたら、新しいブログのコメント欄か、
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2006年4月13日 (木)

江國香織 「ウエハースの椅子」

ウエハースの椅子

「ウエハースの椅子」
江國香織  ハルキ文庫 2004.5

 母が突然庭に来る猫を「ゼツリン」と呼び始めた。(それまでの猫の名は「小五郎太(♀)」通称ゴローである。)何事かと思えば、江國香織の「ウエハースの椅子」に感化されたらしい。

 面白いから読め読めと言われてきた本だったが、手に取るには勇気がいった。江國さんの描く狂気は、理解できてしまうので恐ろしい。浴槽で読んでいるうちに、表紙の脚が自分の脚と重なって見えた。

 帰り道、私は注意深く、来たときと別の道を選んで帰る。上手く一人に戻れるように。 (p.37)

 夜。私は自分がつい恋人の訪問を待ってしまうことに気づき、待ってなどいない、と思いこむために、一人で外出する。 (p.73)

 恋人のいないとき、食事はただの義務にすぎない。 (p.94)

「私の憶えている限り、私はあなたに出会ったときに、もう恋をしていた。どういうことかしら。自分でもよくわからない。一目惚れというのではないの。あなたに出会ったとき、すでにあなたに恋をしていた」 (p.144-145)

 恋人の不在はこの街の姿を変え、私の姿を変えてしまう。私は淋しさを感じない。きのうまでの私は、恋人と一緒にどこかへ行ってしまったと感じる。ここにいるのは、恋人に会ったこともない私だ。 (p.149)

 それはまるで私の世界を映しているようで、思わず鳥肌が立つ。
 恋人と出逢ってから、私の世界は変わってしまった。恋人に会えるのを待つ日々。小説の中の恋人のように、妻子ある人ではないけれど、彼は自分の家族のもとに帰っていってしまう。私から、そこを訪れることはできない。

 閉じ込められている気がする。いや、閉じ込められているのではなく、自ら閉じこもっている。快楽を手にする代わりに自由を手放した。放浪の自由を。彼に出会っていなかったら、おそらく今頃ここにはいない。

 傍にいたくて、ここに留まっている。それでも生まれつきの放浪の星は消えず、彼の持ち込むものが増えていくことに眉をしかめてしまう。いつでも飛び立てる身軽さ。それを失っても、今は閉じこもることしかできない。

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2006年4月12日 (水)

 「王国 その3 秘密の花園」



王国〈その3〉ひみつの花園


「王国 その3 秘密の花園」
よしもとばなな  新潮社 2005.11


 服や食べ物は質素でよいけれど、本だけは贅沢がしたい。
 「安くて、ちっちゃくて、ひとつだけ~♪」
 これが幼い頃の、母と買い物に行くときのルール。それほど贅沢のできない家庭に育った私は、高価なものを欲しがらないようにしつけられた。しかしたったひとつ、本だけは例外である。本は多少値が張るものでも惜しみなく買い与えられた。


 今でも、その価値観を引き摺って生きている。服を一着買うのはためらうが、本三冊は何を差し置いても買ってしまう。できるだけ文庫を……とは思っているが、新刊が出ると手をのばしてしまう作家がいる。


 それがよしもとばななである。中学で「アムリタ」「うたかた・サンクチュアリ」に出会ってから、私のおそらく根底を支えてきた作家である。

 みんないつも前のめりで、五分先を生きている。
 もしも、それが一年や十年先なら、きっとなにかの意味が出てくるのだろう。でも五分先だとただせわしないだけなのだ。みんな急いでいる、むだにエネルギーを使っている。
(p.17-18)

 そんな言葉に、思わず息がつまる。まるでこちらを見透かされているようで。
 都会に住むようになってから、いつもせかせか生きてきた自分を知る。信号が点滅しているうちに走り出し、10分後には次の電車が来るというのに駆け込み乗車をする。そんなにまでして守らなくてはならない時間があるわけではないのに。


 信号の前で一呼吸置いて立ちどまり、駆け込まずに次の電車を待つようになってから、一日は変わった。ただせかせかと、目まぐるしく過ぎていった時間と、今は共に生きている。


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よしもとばなな 「王国 その3 秘密の花園」

王国〈その3〉ひみつの花園

「王国 その3 秘密の花園」
よしもとばなな  新潮社 2005.11

 服や食べ物は質素でよいけれど、本だけは贅沢がしたい。
 「安くて、ちっちゃくて、ひとつだけ~♪」
 これが幼い頃の、母と買い物に行くときのルール。それほど贅沢のできない家庭に育った私は、高価なものを欲しがらないようにしつけられた。しかしたったひとつ、本だけは例外である。本は多少値が張るものでも惜しみなく買い与えられた。

 今でも、その価値観を引き摺って生きている。服を一着買うのはためらうが、本三冊は何を差し置いても買ってしまう。できるだけ文庫を……とは思っているが、新刊が出ると手をのばしてしまう作家がいる。

 それがよしもとばななである。中学で「アムリタ」「うたかた・サンクチュアリ」に出会ってから、私のおそらく根底を支えてきた作家である。

 みんないつも前のめりで、五分先を生きている。
 もしも、それが一年や十年先なら、きっとなにかの意味が出てくるのだろう。でも五分先だとただせわしないだけなのだ。みんな急いでいる、むだにエネルギーを使っている。
(p.17-18)

 そんな言葉に、思わず息がつまる。まるでこちらを見透かされているようで。
 都会に住むようになってから、いつもせかせか生きてきた自分を知る。信号が点滅しているうちに走り出し、10分後には次の電車が来るというのに駆け込み乗車をする。そんなにまでして守らなくてはならない時間があるわけではないのに。

 信号の前で一呼吸置いて立ちどまり、駆け込まずに次の電車を待つようになってから、一日は変わった。ただせかせかと、目まぐるしく過ぎていった時間と、今は共に生きている。

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2006年4月11日 (火)

鈴木清順 監督 「オペレッタ狸御殿」

オペレッタ狸御殿 オリジナル・サウンドトラック

「オペレッタ狸御殿」
鈴木清順 監督   オダギリジョー  チャン・ツィイー 他

 おお!おおおお、おお?と言っているうちに終わってしまいましたぞよ、ポンッ、ポンッ。なんだか理不尽に物語が展開していくのですが、その理不尽なところこそが見所かもしれません。豪華絢爛な、日本なのだか異国なのだかさっぱりわからぬ世界。映画なのに舞台を見ているような気にさせるセットは、やはりオペレッタだからなのか。私はといえば、オダギリジョーさんのキュートななま足に釘付けです(そんなところばかり見ている……)。

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2006年4月10日 (月)

川上弘美 「龍宮」

龍宮

「龍宮」
川上弘美 文藝春秋 平成十四年六月

 妖しい、現代版日本昔話。「島崎」のような「二百歳で死んでも若死の場合がある。八十歳で死んでも老衰かもしれない。 」(p.172-173)という時代はそのうち現実になるのかもしれない。「どの人間も、それぞれに人間でない部分を持っている。」(「狐塚」 p.77)というのは納得である。

 あるはずもない話なのに、そら恐ろしい現実味。

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2006年4月 9日 (日)

是枝裕和 監督 「誰も知らない」

誰も知らない

「誰も知らない」
是枝裕和 監督  柳楽優弥 北浦愛 YOU 他

 ▽是枝裕和監督のHP
 ●KORE-EDA.com

 「ワンダフルライフ」も好きな作品です。今回調べてみて、初めて同じ監督の作品だと知りました。

   ワンダフルライフ

 ▽公式HP
 ●ワンダフルライフ

 「誰も知らない」は実際に起きた巣鴨子供置き去り事件をもとに作られた映画です。

 ▽巣鴨子供置き去り事件について
 ●MUDER IN THE FAMILY (+MONSTERS+)

 周りの大人たちは、なんだかおかしいなと思っていた。でも、それ以上は関わろうとしなかった。知っていたけれど、知らないふり。同じアパートに住んでいても。

 それが今の都会なのでしょうか。それはなんだかすごく寂しい。

 子どもたちの表情に思わず見入ってしまう映画でした。

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2006年4月 8日 (土)

石井克人 監督 「PARTY7」

PARTY7

「PARTY7」
石井克人 監督  永瀬正敏 浅野忠信 他

 石井克人監督作品にどっぷりつかっています。「PARTY7」は「鮫肌男と桃尻女」の次に製作された作品です。

 ○石井克人 監督 「鮫肌男と桃尻女」 (聴こえてくるのは潮風だけじゃない。)

 組から金を盗んだ主人公が逃げる、という設定は「鮫肌…」と同じ。しかし「PARTY7」はさらにキャラクターが濃くなっています。ヤクザなのになんだか可愛い三木シュンイチロウ(永瀬正敏)とソノダシンゴ(堀部圭亮)の話し方に思わず胸キュン。エンドロールまで楽しませてくれます。

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2006年4月 7日 (金)

山田洋次 監督 「学校II」

学校II

「学校II」
山田洋次 監督  西田敏行 吉岡秀隆 永瀬正敏 他

 いよいよ来年は教育実習。もう内諾をとらなくてはならない時期になりました。内諾をとってしまったら、引くに引けない。ここまで来て悩んでいます。先生としての度量が自分にあるという自信が持てない。なんとしてでも先生になるんだという意気込みが出てこない。

 そんな迷いが選ばせたのか、手の中には「学校II」のビデオがありました。

 新米のコバ先生(永瀬正敏)に自分の姿が重なります。奮闘、憤り。それでも竜先生(西田敏行)の傍で先生を続けようと思う憧れに似た強さが、私にもなんとなくわかります。

 余談ですが、行定勲監督作品「閉じる日」の川上役のイメージが強く残っていたので、熱い先生を演じる永瀬正敏さんに驚かされました。今更ですが、がらりと違う役を演じてしまう俳優という職業に脱帽です。

 ▼「閉じる日」について
 ○快感の後に来るのは何故死なんだろう。 (聴こえてくるのは潮風だけじゃない。)

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2006年4月 6日 (木)

源孝志 監督 「東京タワー」

東京タワー 通常版

「東京タワー」
源孝志 監督  黒木瞳 岡田准一 他

 原作である江國香織さんの「東京タワー」(マガジンハウス)は高校の頃に読みました。気にっていた本だったのですが、いつのまにか母が古本屋に卸してしまったようで再読は叶わず。細かな部分は忘れてしまいましたが、なんとなく結末に後味の悪さを感じたことを覚えています。映画では気持ちのよい終わり方でしたが……。もう一度小説のほうを読んで、ラストを確認したくなりました。

  東京タワー

 恋を「する」耕二と、恋に「おちる」透。あえて年上の女を選んだのか、好きになったひとがたまたま年上の女だったのか。年上の女性が恋人であることは同じでも、両者は大きな違いです。

 恋はするものではなく、おちるもの。

 「合コン」とか、「かわいいコ紹介して」とか。そんなふうに知り合ってつきあい始める感覚は好きじゃない。恋は「しよう」と思って始めると後悔する。恋人がいるということは、決して楽しいことばかりではないから。苦しさを伴うものだから。

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